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真実の瞬間

デ・ニーロファンでありながら、まだ観てない映画も多い。というわけで、デ・ニーロDVDを2本借りてきた。これはその一本。
ハリウッドが、よく国家権力をうさんくさく描いたり、バカにしたりする理由が、この映画を観て少し判った。ハリウッドは、彼らに蹂躙された歴史があるのだ。絶対に許すことのできない相手なのだ。絶対に袂を連ねることのできない、いくら憎んでも足りない敵なのだ。だからだ。

1999年、エリア・カザンがアカデミー賞の名誉賞を受けたとき、いまだ根強く残っている傷跡を目にした。腕組したまま絶対に立ち上がろうとも、拍手しようともしないニック・ノルティやエド・ハリス。スピルバーグは拍手はすれど、立ち上がりはしなかった。リチャード・ドレイファスは、彼に賞を与えることを明確に批判した。11人の仲間を売った罪は、簡単には濯がれないらしい。

でも、ここで思い出されるのは、プレゼンターがデ・ニーロとスコセッシだったことだ。その数年前にこんな映画に出ていた二人がだ。これはどういう意味なのか?

つまり二人は、そしてスタンディングオベーションで拍手をしていた、多くの業界人たちは、カザンを許していたのだろう。あの時代、信念を貫くことは容易じゃなかった。愛する家族も打ちこんできた仕事も、すべて失いかねなかった。非道な連中に屈服したとしても、それを未来永劫非難されるべきではない。そういう思いがあったんだろう。そう、悪いのはクリス・クーパーが演じたノーランじゃなくて、非米活動委員会のゴミどもなのだから。

デ・ニーロ扮するメリル監督だって、最初は何とかなるだろうとなめてかかってたけど、どんどん袋小路に追い詰められ、背に腹代えられない状態に陥る。三流西部劇の現場でも、水を得た魚のように才能を発揮する彼にとって、映画は人生そのものだ。捨てるなんてできない。「オレはフィルムメイカーなんだ!」・・・そして公聴会に出頭する。最後の決心はしていなかったにせよ、心はぐらぐらに揺らいでいた。聴き方が違ってれば、彼も密告者の一人になっていたかもしれないのだ。

しかし、あいつらひどいな。クズだわ。クソだわ。真剣に腹が立った。あんなダニどもの軍門に下るのは、絶対に信念が、良心が、プライドが許さない。メリルは、一つしか残されていない選択肢を選び席を立つ。メリルを売るつもりだったバニーが、彼にならって証言を拒否するラストは、感動で体中が震えた。真の勇気を見せつけられた。

でも、その後の彼らは仕事もままならず、エドワード・ドミトリクのように、委員会に協力する者も出る。一方で、名前を隠して仕事を続け、「ローマの休日」でアカデミー賞を獲るダルトン・トランボのような才人もいた。彼らが正々堂々と映画を作り続けたなら、ハリウッドの映画史もずいぶん違っていただろう。

赤狩りを真正面から取り上げた映画って、意外に少ない。この題材が、映画人にとって、とてもデリケートな問題を抱えているのはわかる。でも、あれから半世紀がたっているんだから、もっと振り返って、そして見つめ直してもいいんじゃないかな。真の勇気を持った人々が、あの時代、間違いなくいたのだから。

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子供の頃から映画が大好き!いっぱい観てきたつもりですが、まだまだ勉強不足です。毎日映画だけ観て暮らすのが夢。


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